2011-05-29

東京大学五月祭 Tohoku Cafe


東京大学五月祭で開催されたTohoku Cafeに足を運ばせて頂いた。山田卓史君、石田遼君を中心に有志のメンバーで立ち上げたTohoku Cafeは、東日本大震災を受けて自分たちに何かできることはないかと考えた東大生のみなさんが、“東北の食を通じて地域の魅力を発信する”ことで被災地を支えようと企画した取組。土曜・日曜と東京大学の弥生キャンパスに設置されたスタイリッシュな店舗では、満員御礼というほど多くのお客さんで終日の賑わいを見せていた。山田卓史君は2年前にNGOのプログラムでミャンマーを旅したときのルームメイトで、今回、Tohoku Cafeのお声かけを頂いた。ちょうど僕が戦略コンサルティングファームのブーズ・アンド・カンパニーで取り組んできた山村地域再生プロジェクトにて農村カフェレストランの立ち上げに参画していた経緯もあり、今日はTohoku Cafeのトークセッションで「地域ファンが支える地域ビジネス」をテーマにお話をさせて頂いた。

“東北の食を通じて地域の魅力を発信する”というTohoku Cafeの着眼点は、山村地域再生プロジェクトを経験してきた僕たちも強く同感。その心は、“地域ビジネスが地域ファンをつくり、地域ファンが地域ビジネスを支える好循環を生み出す”ことが、サステイナブルな地域再生を実現する有力な方法論であると考えるからである。この観点から、東北地域のストーリーを内包する食材・料理・食器を組み合わせて魅力を訴求するTohoku Cafeは地域ファンづくりにつながり、地域ファンが有形無形で地域ビジネスを支える循環を生み出すきっかけになり得る。地域ビジネスを「食べる(飲食)、買う(特産品)、遊ぶ(ツーリズム)」の3つに大別すると、Cafeは飲食をベースにしつつも特産品やツーリズムに発展させるプラットフォームとなる。その意味でも、Tohoku Cafeプロジェクトの展開を応援したい。

2011-05-18

朝日新聞掲載記事


朝日新聞神奈川県版「政経塾30年のイズム」の企画で取材頂いた記事が掲載された。3日間にわたって松下政経塾卒塾生の姿を紹介する記事で、僕自身は“職業の枠を越えて自由に活動する人物”としてご紹介頂いた。1979年に設立された松下政経塾の歴史は今年度で32年目を迎えており、これまで様々な卒塾生を輩出してきた。ただ、卒塾生の総数については正確に知られていない。30年超で約250人。これを伝えると想像以上に少ないと驚かれることが殆どである。毎年入塾選考を通過するのは平均8人前後で、実際、自分の同期も8人。250人ながらも各方面で塾の名が知られるようになったのは、偏に卒塾生がそれぞれの志の実現に向けて活動に邁進しているからだと思う。その内、政治分野が40%、経営分野が30%、研究分野が15%、その他15%。数値で見れば、文字通り、政経塾になっていることが分かる。この分類で言えば自分はその他を突き進む一人で、その観点から今回の紙面に登場したことになる。

自分自身は成し遂げたいビジョンを具現化していくことにこそ価値があると考えているため、実現手段は柔軟にあってよいとの立ち位置をとっている。ビジョンと達成手段の整合性は勿論、時代環境や適性や縁などの変数を想定して考えれば、むしろ実現手段は柔軟であるほうが自然である。だからこそ、自分のビジョンの実現に向けてワクワクしながら活動に取り組んでいきたい。結果的に、それが構想を実現する粋な道のりだと思っている。日本人は特に人を記号化して一括りに批評したがる傾向が強いが、それはアフリカの現地に行ったことのない人が各国の違いをバッサリと見落としてアフリカ人は云々と一括りで語り始めるのと同値。様々な組織に様々な人々がいるように、卒塾生の生き様も多様なのである。松下政経塾を一括りに論じるメディアが多い中、多面性を伝えようと真摯に取材を進めてくれた朝日新聞記者の川上さんに感謝したい。今後の新たなるイズムに芯のある多様性を刻む一翼となれば幸いである。

2011-05-06

JFN: 中村敦夫さんとの対談


全国30のFM局で放送するJFNON THE WAY ジャーナル WEEKEND』のパーソナリティを務めさせて頂いた。今回のゲストは、俳優、作家、脚本家、キャスター、政治家と多分野で活躍されてきた中村敦夫さん。70年代にテレビ時代劇『木枯し紋次郎』で大活躍された姿を思い浮かべる方も多いだろうが、僕らの世代としては、『中村敦夫の地球発22時』『中村敦夫のザ・サンデー』などの番組キャスターや、さきがけ/みどりの会議の代表の立場で政治家として活躍する中村さんのイメージが強い。2007~2009年にわたっては同志社大学大学院で講義された中村さんは、この度、その講義録をベースに加筆・修正を加えた書籍『簡素なる国』を講談社から出版された。折しも、東日本大震災を経験した日本にとって非常に示唆深いメッセージが込められた内容で、僕自身も先週滞在していた中国・北京にこの本を持ち込み、宿泊先で大変興味深く読んでいた次第である。

今回の対談では、大震災で露呈した様々な課題を概観した上で、中村さんが提唱される“簡素なる国”について深くお話を伺った。僕が一番感銘を受けたのは、中村さんの描くビジョンは、ご自身が世界を舞台とした現地現場の実体験に基づいて、それこそ何十年もかけて試行錯誤しながら作り上げてこられたものだということである。それは、お話の中で紡がれる一つ一つの言葉の重みが雄弁に物語っている。その内容は、書籍および番組を通じて直接感じて頂ければ幸いである。また、僕にとって毎回必ずと言ってよいほどゲストと何か共通点が出る当番組で、今回の共通点は中村さんのビジョンを理論的に支える経済思想家のE.F.シューマッハー。『スモール・イズ・ビューティフル』の著者で知られる彼の思想哲学を取り入れたシューマッハー・カレッジこそ、昨年夏に僕がイギリスで学んでいた場だったのである。だからこそ、中村さんの“簡素なる国”がより強く伝わってきたのかもしれない。併せて、参照されたい

中村さんとの対談の結びにて、この国のかたちは誰かに与えられるものではなく、全員が一緒に考えていくべきものだという話になった。中村さんが提唱される“簡素なる国”は、今、我々が改めて認識しておくべきビジョンの一つであると思う。一方、思うに、この国のかたちに正解はない。無数のグラデーションをもつ価値観の中で我々は何を選んでいくのか、時間はかかるが一つずつの議論を経て理解していく必要がある。また、世界はどんな歴史を経て今に至り、その学びから我々はどの方向に進むべきかも議論で共有する必要がある。そのプロセスを放棄しては、きっと同じ過ちを繰り返すだろうと思う。昨晩、NHKでマイケル・サンデル教授の大震災特別講義で展開される様々な議論を見ていて殊更そう思った。ただ、何もマジメに硬く考えすぎることもない。なぜなら、様々な人々から様々な価値観を学び、全体としてどんな社会にしていきたいかを考えるプロセスは、ワクワクするエキサイトメントに満ちているのである。

2011-05-03

南鑼鼓巷のカフェ街づくり


北京中心部の什刹海から足を延ばして南鑼鼓巷(なんらここう|nanluogu xiang)へ。ここは民家を改装して造られた味わい深いレトロなカフェが軒を連ねる胡同(フートン:路地)である。カフェ愛好家には朝から晩まで居ても飽き足りない。民家に息づく旧き中国の文化と西洋のカフェ文化が見事に調和している。もし日本に南鑼鼓巷的ストリートがあったら日替わりで自分のモバイルオフィスにするに違いないと思いつつ、幾つものカフェを徘徊しながら各店舗の回転率を著しく低下させる客を一人演じていた。

街づくりの観点から興味深いのは、胡同として700年の歴史をもつ南鑼鼓巷が近年になってブレイクした経緯である。少し紐解いてみると、1999年にここ南鑼鼓巷で生まれた1軒のカフェがトリガーとなっている。カメラマンで旅好きのオーナーが中国国内の自転車旅行で撮りためた写真を展示するためにカフェ「過客」をオープン。海外からのバックパッカーが集まり、感度の高い北京の若年層が出入りし始め、周辺に安宿やカフェ・バーが次々と出現。この連鎖が加速して今の形となった。一人の遊び心からスタートした街づくりというのも粋である。

また、開発ラッシュが続く中国において、民家を改装するという手法を採った南鑼鼓巷は、北京に住む人々に対しても「自分たちの守るべき伝統文化は何か」を考えるきっかけを作ったとも言われる。これを聞いて、地区の特徴(コンテクスト)と個性(アイデンティティ)という景観の構成要素について思いを馳せた。ここでは、建物というコンテクストにおいて歴史的な民家で統一された街並みが、南鑼鼓巷というアイデンティティを形成している。街づくりにおいて、地域内の同一性は地域外から見ると個性になるのである。

2011-05-01

突撃!万里の長城マラソン


単身、中国・北京に突入。遂に、万里の長城マラソン(The Great Wall of China Marathon)への参加を実現した。世界遺産たる“万里の長城”の名を冠する本大会は、単に長城を見ながら走るような生易しい類のものではない。レースロードは、万里の長城そのものである。突き抜けた挑戦意欲をもつ100名弱のツワモノたちが世界各地から参戦する、言わば、高濃度圧縮型レースである。フル、ハーフ、10km、5kmと4カテゴリから構成され、快晴な天候に恵まれた万里の長城で午前9時過ぎに一斉スタートした。

半端な覚悟で志士たちと走る訳にはいかないと考え、今回、僕が参戦したのは10kmレース。それでも、普通の10kmとは訳が違う。ハーフやフルなどは想像を絶する。平地は皆無と言ってよく、ランナーが走るレースロードには、急勾配の階段、崩れかけた崖、楼閣内通路が待ち構えている。しかも、激しく観光客が立ちふさがる難所まである。もはやマラソンを超越したサバイバル式の高度障害物レースと化す。時に断崖のような階段をよじ登り、時に太極拳集団のど真ん中を駆け抜け、僕はなんとかゴールに辿り付いた。


蓋を開けてみると、10km男子の部で1位を獲得。表彰セレモニーで記念品を頂戴した。謝謝。これまで参加したマラソン/トライアスロンの中で、万里の長城マラソンは僕にとって最も印象的なレースのNo.1に躍進。想像以上にクールだ。快晴の万里の長城を激しく颯爽と駆け抜ける歓び。その感動は、プライスレス。今度はハーフそしてフルへとハードルを上げたい。僕にとって走ることが目的なのではない。新たなことにチャレンジすることそのものに目的があり、感動がある。そして、更なるチャレンジシリーズは続く。

なぜ挑戦するのか ―そこに世界があるから。