Another Adventure


先週末はタイ・バンコク郊外のタカ村で2日間のファームステイ。今もなおローカルのフローティング・マーケットが残る小さな村には、主要一次産品であるココナッツを育てるために水路が張り巡らされている。ココナッツ・リーフの合間から差し込む暖かな日差しを浴びながら、僕は心地よい昼下がりの時間を満喫していた。グループのメンバーが村の商店へ買出しに出かけたと聞いて、僕も覗いてみようかと滞在先に戻って200バーツほどの紙幣を用意。後から遅れて一人で水路脇の畦道を歩いていくと、前方の大きな水路越しに商店の並びが見えてきた。向こう岸に繋がる橋を渡り、昼寝をしている3匹の犬の前を通過、遠くでメンバーが買い物をしている姿が目に入った。何だか楽しげな雰囲気である。僕も何か飲み物でも買おうかとポケットの中の100バーツ札に手を伸ばしていたとき、事件は起こった。

僕の背後で突然、2匹ほどの犬が吠えたかと思うと一瞬のうちに左足首に衝撃が走った。僅か数秒の間の出来事である。足を見ると凄まじい流血になっていた。Oh, shit!! 振り返ると吠えた犬はもういない。What? 一瞬遅れて、自分が犬に噛まれたのだと認識した。歴史に残る人生初のDog Biteである。これまで世界30ヶ国を旅して様々な事件に巻き込まれてきた経験もあり、こういうときに冷静なのは我ながら成長したものだと思いつつも、さてどうしようかなと思案していた。商店からは離れていたので、僕の周りには誰もいない。歩くたびに一人で流血しながら、ひとまず消毒する場を求めて商店のほうに歩いていくと、向こう側から村のおばちゃんが歩いてきた。驚かさないように僕が笑顔で「サワディー・カッ」と挨拶すると、おばちゃんも笑顔で応えてくれたが、もう一歩近づいたときに僕の流血に気づいて悲鳴を上げた。

サワディー・キャーーーーー!!!!! おばちゃんにとって僕はリアル・バイオハザードだったに違いない。動揺したおばちゃんはニワトリのように僕の周りで高速にパタパタし始めたので、とりあえず「I'm OK!」と言ってみたが、「NO!!!!!」と絶叫。僕はあまり事を大きくしたくなかったこともあり、ひとまず洗浄用の綺麗な水を得ようと「I need water.」と伝えてみた。端っこの商店の人に水をもらって足首を洗い流すものの、なかなか止血しない。おばちゃんは仕切りに「Doctor! Doctor!」と言うので、確かにすぐに診てもらったほうがいいかなと思って「Yes, please!」と応えると、おばちゃんは誰かを呼びに行った。その隙に僕はグループメンバーに気づかれないようにスルっと商店を通過して、奥のほうにいたグループ・ディレクターのドワイトさんにだけ状況を説明すると「You shold go soon.」ということで、おばちゃんに連れて行ってもらうことにした。


いつの間にかおばちゃんはどこかのおじさんを捕まえてバイクをスタンバイさせていた。古びた二輪バイクの左脇には木造の荷台車輪が接続されていて、昔の戦隊モノに出てきそうな乗り物の農作業バージョンである。とりあえずバイクの後部座席に乗れと言われておじさんの後ろに座ると、おばちゃんが隣の荷台のほうに乗り込んで発進した。この時点で何人かのグループメンバーがバイクに乗った僕に気づき、なぜか「イェーイ!」と言いながら僕に手を振っている。なるほど、Dog Biteの事情を知らないので、みんなの目には僕が村人と一緒にバイクに乗って遊んでいると映ったようである。みんなを心配させないためにもこれは丁度良いと思って、僕も「イェーイ!」と言って笑顔で手を振りながらバイクとともに去って行ったが、足元は流血しまくっていた。絵的に相当ウケるシチュエーションで、もう一人の自分は内心爆笑していた。

バイクが一体どこに向かっているのか分からなかったが、次第にサイヤ人との闘いで負傷して搬送される孫悟空の気分になってきて(実際はただ犬に噛まれただけ)、自分の中で勝手にBGMをつけながらバイクに揺られていると、小さな診療所に辿り付いた。出てきたのは30代半ばくらいの若手の先生。簡易ベッドに上げられて、すぐに処置が始まった。タイ語しか話さない先生だったので言葉は殆ど分からなかったが、テキパキと動いて傷の処置をしてくれる。ゴム製の手袋をピチンピチンと音を立てて装着しながらガシガシと治療をしてくれるものだから僕もテンションが上がってきた。そこで先生が「注射を撃ってもよいか?」みたいなことを尋ねてきたので、僕も「Yeah, come on!」と意味不明にテンション高く返事して腕をまくる。そんなこんなで足首のケアも注射もさくっと終え、薬の処方までしてくれた。


バイクで滞在先に送ってもらい、改めてグループ・メンバーに事情を説明した。実際、足の痛みはさほどではなかったので、「犬に噛まれたりもするけれど、私は元気です(by キキ)」みたいなニュアンスでみんなに共有。村には2泊の予定だったため、ひとまず滞在中は診療所で包帯の取替だけしてもらって、3日後にバンコクに戻ったら大きめの病院で診てもらおうと思っていた。夜にメンバーから診療所はどうだったかと聞かれたので、若手の先生に傷を処置してもらって注射も撃ったよと話した。治療費は大丈夫だったのかとも聞かれたので、ちゃんと請求された100バーツを払ってきたよと答えた。ん?100バーツ?350円?安すぎねぇ?自分で答えながら「オレは350円の注射を撃ってきたのか?」と次第に懸念が増してきた…。自分の歴史に刻まれる100バーツShot。安い!安すぎる!一体あの注射は何だったのだ?

グループと一緒にいたタイ人のガイドさんに、電話で診療所の先生に確認してもらったところ、注射は単なる抗ウィルス剤で、早めに狂犬病の注射を撃ったほうがいいということが判明した。僕は村に2泊した後は、バンコクで1泊して東京に戻るスケジュールになっていたので、先生は「日本に帰国したら狂犬病の注射を撃ってください」と、ガイドさんを通じて僕に知らせてくれた。これを聞いて、僕は事態を了解した。狂犬病。渡航先ではよく耳にする言葉ではあるけれども、僕はそれが具体的にどのようなものなのか知識を持ち合わせていなかった。ゆえに懸念点は残ったものの、帰国後の注射措置で大丈夫ということだったので、僕は足首を絶賛包帯巻々中としながらもグループと一緒に2日間のファームステイ・セッションを乗り切った。そして、ようやくネットへの接続環境を得て症例をリサーチできたのは、事件から3日後のこととなる。

バンコク市内のホテルに着いて早速ネットリサーチを進めてみると、驚愕の事実が明らかに。「狂犬病。発症したら確実に昇天」。Oh, shit!! しかも、「感染の疑いがある場合は、直ちにワクチンを接種すべし」とある。帰国してからで大丈夫ですと暢気にしている場合ではない!すぐに日本の病院で国際電話で問い合わせてみると、「現地で今すぐ1回目の注射を撃つことを強く推奨します」とのこと。どうやら5-6回に分けてワクチンを撃たなければならないようで、1回目は直ちに撃つ必要があるということだった。そこで、バンコク現地に住んでいる友人に電話をして信頼できる病院を教えてもらうと、すぐに電話で予約を入れた。向かった先は、バンコク市内屈指の国際病院であるバムルンラード・インターナショナル病院。年間来院数は約120万人、うち40万人以上が世界150ヶ国以上から訪れる外国人患者と聞いて度肝を抜かれた。


タクシーで病院に到着すると、さらなる衝撃が続いた。ここは、高級リゾートか?巨大な敷地に洗練されたビルが立ち並び、患者がバカンスを楽しむかのように歩いている。僕はワクチンを撃つためにやって来たというのに、それを忘れてしまうくらい病院の凄さに圧倒され続けた。後で改めて知ったのだが、病院のイメージを覆す洗練されたインテリアとインターナショナル料理を提供するレストランフロアが評判の「病院を超えた病院」…それが、このバムルンラード・インターナショナル病院。タイの“ヘルスツーリズム”を牽引する主導的存在として、ワールドクラスの医療サービスを提供し続けているのである。エレベーターに乗って各階で扉が開く度に、袈裟を着た坊さんやサリーをまとったイスラムの女性が登場して本気でインターナショナル。終着地は『MATRIX』でネオが訪ねた預言者オラクルの待合室さらながらであった。

そんなわけで、一流の病院で優雅にワクチンを接種することで事なきを得て、翌日の便で無事に帰国するに至った。日本では継続的に狂犬病と破傷風のワクチンを撃ち続けることになったのだが、基本的には適切な措置を続ければ問題なし。故に、Everything is gonna be all right! 今回、一連の動きで時間コストが発生したのは事実だが、このアドベンチャーを通じて得たものが極めて大きく、僕は非常にラッキーだったと思う。第一に、村におけるポテンシャルリスクの指摘。グループメンバーに何か起こる前に自分が警鐘を鳴らせた。第二に、村人同士の対話の活性化。以前から犬管理の必要性の声があったらしく、結果的に議論の引き金を引いた。第三に、ヘルスツーリズムの現場の体感。医療の最新事情を自分の目で確かめられた。加えて、狂犬病と破傷風に対する正しい理解と肉体のバージョンアップも成し遂げたと言える。

世界中を旅していると、様々なアドベンチャーを体験する。インドで半拉致されたり、モロッコで洪水に巻き込まれたり、タンザニアで野生のライオンが急接近したりと、僕の人生にはこれまでリアルなアメージング・ストーリーが次々と紡ぎ出されてきた。勿論、リスクマネジメントには細心の注意を払っている。それでもなお、予期せぬ事態というのは起こり得る。それは、普段の日常生活も同じ。そんなアドベンチャーをどう乗りこなすか。僕は、その状況にワクワクせずにはいられない。初めて味わう体験、求められるアドリブ、予断を許さぬ緊張感。そんな状況だからこそ引き出される自分の潜在能力というものもある。そして、決まって深遠な学びがある。何もこれは特別な出来事ではない。見方を変えれば、世界はアドベンチャーで満ちている。まさに毎日がアドベンチャー。自由冒険家はやめられそうにない。